‘当たり前’の幸せ

昨日の雪は、思ったほどには積もらなかったけど、今日の晴天にも係わらず、結構しつこく残っています。明日の朝も凍結していそう・・・(~_~;) 

そんな残雪を踏みしめて、今日の午後は横浜の某病院へ、お見舞いに行ってきました。

入院しているのは、高校時代の同級生で、このブログにもちょこっと登場したことのある、誕生日が一日違いの私のVieil Ami(親友です。

彼女は10日ほど前に入院して手術を受けたのですが、その数日後に結果報告のメールが本人から届いたんです。何度かメールを交換するうちに、当初の予定よりも入院が長くなるらしいことが判明。

最初は1週間くらいだと聞いていたので、お見舞いに行く予定はなかったんです。ところが倍の2週間になるとのことだったので、『お見舞いに行ってもいい?それとも退院してからの方がいい?』ってメールしたら、『本当は来て欲しい・・・でも遠いから』というメールが、すぐに返ってきました。

確かに横浜と言えどもちょっと不便で、私の家からは、かなり時間が掛かるところに病院はありました。そんな訳で、すぐさま行くという訳にはいかず、今日になってしまいました。

でも結果的には今日で良かったんです・・・と言うのも、私が行くほんの1時間ほど前に、手術後からず~っと付けていた管を、外すことができたところだったんですって\(^o^)/

そのお陰で、彼女はすご~くハイテンションになっていて、私の顔を見るなりベッドの上に起き上がり、話し出したらもう止まらない・・・(~_~;)

彼女の話によると、症状が出始めたのは約1年半くらい前からで、特に昨年の夏からの半年ほどに体験した出来事は、同じ女性としてかなりショッキングな内容でしたが、今回の手術(実は2度目)の結果が非常に良好であり、今日、管が取れたこともあって、彼女自身はとても清々しく晴れやかな表情でした。

それにやっぱり、誰かに聴いて欲しいという想いがあったのでしょう・・・私に話したことで、気持ちがすっきりしたようです。

そんな彼女の話を聴きながら、私自身、10年ほど前に甲状腺の病気をしたときのことを思い出していました・・・私は彼女のように大きな手術をした訳ではありませんが、病気のために、それまで当たり前に出来ていたことが出来なくなったときには、この世の終わりのように感じました。

そして病気が良くなって、また以前のように生活できるようになったときには、今まで当たり前だったことが、とても新鮮で楽しく感じたものです。

そう言えばあのとき、真っ先に私に会うための時間を作って、いっぱい話を聴いてくれたのは、彼女だったわ・・・(^.^)

私にとっても、そんな当たり前のように感じている諸々のことの在り難さや幸せを、改めて気付かせてくれた、貴重な時間でした。

今日も紅茶とチョコで、無事に管が取れたお祝いと、お互いの誕生日のお祝いをしましたが、彼女が退院して少し落ち着いたら、改めて美味しいケーキ屋さんでお祝いしようと、約束して帰って来ました。

その日が早く来ることを祈りつつ、当たり前の日々を大切に過ごしたいと思います。

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